秋葉原再開発計画の公開入札疑惑

石原慎太郎と秋葉原複合施設開発利権

東京秋葉原の再開発計画に絡む疑惑が浮上している。旧神田市場跡の都有地約一万五七〇〇平方メートルを民間に売却し、IT(情報技術)産業が集積し、かつ近い将来の常磐新線(「つくばエクスプレス」)の開通で商業地としての急成長が期待されている同地区を日本経済振興の起爆剤になり得る壮大なIT拠点に発展させていくコア施設「ITセンター」を建設・運営させる目的で、東京都は二〇〇二年一月末に事業提案コンペを催した。

前年の十二月七日に公表された直後には十三の企業グループが申し込んでいたのだが、しかし実際に提案書を携えて応募してきたのは、大手ゼネコンの鹿島建設を中心にNTT都市開発、ダイビルなどから成る「UDXグループ」だけだったのである。

関係筋によれば、特に熱心に取り組んでいた企業グループは他にも存在したが、時間切れで間に合わなかった、という。いささか不自然だ。とすればUDXグループ石原知事の間に、何らかの裏取引があったのではないか? 公開入札などにまつわるこの種の疑惑は、公共事業の世界ではさほど珍しいことでもない。

国鉄清算事業団が九〇年代後半に汐留、品川、丸の内と都心の一等地をたて続けに売却していった際にも、JRグループの天下りを大量に受け入れた大手ゼネコンが暗躍したと伝えられる。いくつものマスコミが取材に動いたが、決定的な材料が発掘されることのないまま、今日に至っている。

今回も情況証拠が多すぎた。業界の慣習では六ヶ月程度といわれる募集から応募締め切りまでの期間が、年末年始を挟んで五十日程度だったという異例の短さ。従来は財務局が所管してきた都有地売却の担当が、浜渦副知事の影響力が強いとされる産業労働局に委ねられたこと。

周辺の公示価格や、神田市場が廃止された八九年に都の一般会計が公営企業会計に支払った金額(約二五〇〇億円)に比べて格段に安く設定された、ということは都財政よりも業者側の利益が優先されたと見られる東京都財産価格審議会の予定価格設定(約二二九億円)、UDXグループの入札価格(約四〇五億円)「誰がどう考えたっておかしいですよ。

初めからUDXグループに受注させるために仕組まれたシナリオだとしか思えない。募集期間も何もかも、都政の常識に照らして、ホントにそんなことできるのかよ、と言いたくなるようなことばかり」都議会の関係者たちが首をひねる。

実際、〇二年二月の定例議会では野党からの質問が相次いだし、複数の新聞や週刊誌も疑惑を報じていた。改めてゼネコン関係者たちに話を聞くと、専門家ならではの疑念が次々に飛び出してくる。

UDXグループの計画案は、敷地を大きく一街区と三街区の二区画に分け、それぞれに地上二十九階/地下三階(高さ一四二メートル、延べ床面積四万六六五〇平方メートル)の超高層ビルと、地上二十一階/地下三階(高さ九九。九メートル、延べ床面積一三万九一一四平方メートル)の巨大高層ビルを建設するというもの。

そこで、ある関係者は言った。「東京都の環境影響評価条例は、高さ一〇〇メートル以上、延べ床面積一〇万平方メートル以上の建物は環境アセスメントの手続きをとる必要があると定めています。

三街区の九九.九メートルという数字がアセス逃れであるのは明白ですが、このような巨大開発の場合、従来の東京都は一街区を一体と見なして全体での手続きを事業者側に求めていました。業者としては辛いところですが、実際、敷地内に道路を設けて街区を分けさえすればよいのなら、環境アセスなど有名無実にできてしまうので、やむを得ません。

ところがUDXの計画では〇五年には竣工。オープンとなっていて、アセスのための期間が予定されていないのです」またUDXとは、二〇〇〇年に成立・施行されたばかりの改正「特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律」で容易になった証券化による不動産投資信託のためのSPC(特定目的会社だ。

事業提案コンペの募集要項は当初計画を最低五年間は維持するよう求めていたが、それ以降の制約はない。このため投資家たちの意志次第でIT産業振興の建前など時間の問題で吹っ飛んでしまうのではないかとの指摘もある。だが、情況証拠はどこまでも情況証拠でしかない。 

コンペを担当した産業労働局産業政策部安川幸徳。調整担当課長は、疑惑の一切を否定した。「計画の趣旨に照らして、こういうご時世ですから一刻も早く建設を進めたいというだけのことです。

平成十七(〇五)年度中に全面オープンの予定から逆算すると、あのようなスケジュールしかあり得ませんでした。募集期間が短すぎると言われるが、ITが集積した秋葉原を発展させたい構想と都有地売却の意向を石原知事は平成十二(二〇〇〇)年十二月の議会で答弁していますし、翌十三(〇一)年の二月には都市計画局があの地区の『まちづくリガイドライン』を明確に示している。

関心のある事業者なら、都の計画を承知していたはずなんです。鹿島建設などのUDXグループだけが応募してきたのは結果論ですよ。この計画は単なる土地の売却ではありません。五年間は事業の変更を認めないとか、五百台分の駐車場設置を義務づけるとか、事業者と都、地元は絶えず連絡を取られたいとか、何かと制約も多い。

拘束することにもなるから財務局でなく産業労働局が担当するのだし、ああいった予定価格にもなったわけです。これだって相当上回る価格が提示されたのですじね。私どもは超公正です。何を言われようとも、恥ずかしいことはひとつもありません」それでもなお、疑惑は払拭されきれずにいる。

安川課長のいう材料を検討すると、いずれもITセンター構想を示唆はしていても、それをもって公表したとは言えないことがわかるのだ知事答弁は「来年度中(引用者注。〇一年度中)には都有地を処分しまして、民間のアイディアを生かしながら、まちづくりの実現を図りたい」と発言したのにすぎないし、「ガイドライン」もまた、秋葉原地区の将来ビジョンの域を超えてはいない。

後から振り返れば公開入札へのシグナルであったとは言えるかもしれないが、少なくとも公平なやり方ではなかった。鹿島建設以外のゼネコンが東京都の意向を正確に把握し対応に陣容を割くようになったのは、それはようやくコンペ募集の前々月、〇一年十月、秋葉原でのIT関連産業集積のイメージ図とともに発表された報告書「東京の新しい都市づくリビジョン」が最初だった――と、産業界や政界の一部では囁かれ続けている。

UDXグループ東京電力が参加しなかったことも、いつまでも謎のままである。つまび同社広報室によれば、「要請はあったが、最終的には参加しなかった。理由は詳らかにできない」という。外部の関係者から極秘シナリオの存在を囁かれた同社は独自に調査した結果、微妙な立場に追い込まれることを忌避したとの情報を筆者は得ることができたが、確認はできなかった。

全貌解明にはいましばらくの時間がかかりそうだ。本書はむしろ、この秋葉原ITセンター疑惑の主人公である鹿島建設あるいは同社営業本部の営業統括部長と、石原都知事との古く根深すぎる関係をこそ広く世に問いたい。(Amazon.co.jp: 空疎な小皇帝―「石原慎太郎」という問題 (ちくま文庫): 斎藤 貴男: 本)